「ねんねしても大丈夫だよ」
最近でこそ、うまくすれば一時間か、
あるいは二時間程の昼寝ができるようになったハルですが、
それでも寝付くためには未だに授乳や抱っこが必要です。
その様子を見ていると、何と言うのか、
まるで眠るまいとがんばっているかのようです。
目をこすったり、あくびをしたり、明らかに眠そうなときでも、
懸命に眠気に抗っているように感じられるのです。
それはまるで、遠い昔の人々が、太陽の沈むことを
恐れていた心持ちにほとんど近いようにも思われます。
一度沈んでしまったら、二度と再び光の射すことがないのではという不安。
ハルは、このまま、このもやもやとした感覚に身を委ねてしまったら、
もう目を覚ますことができないのではと考えていそうな奮闘ぶりなのです。
「ハル、眠たい?」
「…たい。」
訊いてみると、ハル自身、
眠たいということは自覚しているようです。
「あのねえ、ハル、
眠たいときはねんねしても良いんだよ。
お母さん、ハルのこと抱っこしてるから、
お母さんにぎゅっぎゅしてねんねしても大丈夫だよ。」
すると、深く息をつくように、静かに、私に抱きついたハル。
気がつくと、それから一分も経たないうちに眠っていたのでした。
もしかしたら、偶然そのときが、
眠さの限界というような瞬間だったのかも知れません。
ですが、こんなにも穏やかに、
あっと言う間もなく眠ってしまったのには驚きました。
それは、何かを許されたかのように、
すっと力の抜けるのがわかる程の自然な、
そしてまた、本当に短い間の出来事だったのです。
特別何を思うでもなく出た「ねんねしても大丈夫だよ。」という言葉ですが、
ハルにとっては、少なからず、大切な意味を持ったのかもわかりません。
耳元で聴こえる寝息に、いとおしさがこみ上げるのを感じながら、
身に余るような幸せとハルのからだを抱えて帰路についたのでした。