我が家は、トマトの種だらけ。

二歳の娘との、毎日の暮らしを綴っています。

“できない”ってことは、“できる”ってこと?

 

あれは、ハルが一歳半くらいの頃でしょうか。

少し前のお話になりますが、ハルが度々

謎の行動を見せていたことがありました。

 

ごはんやおやつを食べる際、おもむろに食べ物を掴んだかと思うと、

そのまま隣の部屋へと駆けていくのです。何事かと覗いてみれば、

部屋の隅に座り込んでこちらを見つめているハル。

どうやら、そこで食べようとしているらしいのです。

 

机のところへ戻って食べるように話すのですが、断固として動きません。

ハルが座り込もうとした場所に物が置いてあったときには、

同じ部屋の別の隅に移動して食べていました。

こうした行動が、食事の度に見られたのです。

 

一体どういうわけだろうと考えているうちに、

これとよく似た光景をどこかで見た覚えのあることに気がつきました。

確か、ライオンかなにかの野生動物を特集したテレビ番組で、

自分の取り分の餌を仲間から離れた場所へ移動してから食べる、という一場面です。

 

気になって少し調べてみると、

こうしたことは犬や猫にも見られる行動だそうで、

食べ物を横取りされる心配なく自分だけの場所で

安心して食べたいという意識に依るものとのことでした。

 

私や夫、そしてハルは、食べ物を取り合うわけでなし、

わざわざ離れて食べる必要はないように思われますが、

部屋の隅でじっとちいさくなって座り込む様子は、

やはりただならぬものを感じさせます。

 

 

そうしてハルを見ていると、ふと、

私たちも動物なのだなあというごく当たり前のことに、

はっとさせられます。

 

人間とは面白いもので、

野生動物としての習性を色濃く残しながら生まれ、

成長するに従い社会へ順応していく様は、

まるで人類の進化をたどるようです。

 

そう考えてみれば、泣くことや人見知りをすること、

なんでも口に入れてみたりすることや、眠ることへの不安など、

赤ちゃんの行動は、たとえ大人が困惑するようなものであっても、

大人の理想通りに“できない”のではなく、

本能に基づいた本来とるべき行動や反応が“できる”のだと

言えるようにも思われます。

 

子どもの行動でどうにも理解に苦しむ場合には、

大人の考える社会的常識や規範に当てはめるよりも、

むしろ人間がもともと備え持つ習性に照らして考える方が

理にかなっているのかもわかりません。

 

野生の環境では、あらゆることが命がけですから、

確かにお行儀もなにもないわけです。

後々の本人のためとは言え、

大人の思うようにできなくとも無理はないと

ゆったり構えているくらいが、

かえってこちらも心持ちが楽のような気もします。

 

余裕のないときなどは、ほとほと困ってしまうこともありますが、

とにかく子どもは一生懸命ですから、余程危ないことでないかぎりは

気長に付き合っていきたいとも思うのです。

 

 

 

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ちなみに、ひと月ほどでその行動は見られなくなりました。

あれは一体なんだったのか、結局のところはよくわからないのですが、

人が育っていく過程の奥深さをまたひとつ、かいま見たような出来事でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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